歴史、教訓も一緒に学んで

3.11

東日本大震災から9年経った今日「2020/03/11」、テレビの報道番組を見ていると、生死を分けたのは消防団の呼びかけであったという地域のことを報じていた。人々は当初の3メートルと伝えられた津波にはまだ危機感を抱いておらず、方言での呼びかけで、いかに危険な状態であるかを知ったというものだった。

人間の脳は、得体の知れないものに対しては、自分の経験して知っているものに置き換えてまで安心感とすり替えてしまう防衛本能のようなものが働くといわれているからなおさら…。

震災の時刻の私は、仕事を終えて(当時、病院の事務午後1時15分まで)から、ベッドで横になっていた。外で立っているのとは違い、揺れを身体全体で感じたように思う。長く感じた揺れの時間に恐怖を感じ、テレビをすぐにつけた。

すると、被害の大きな地域の映像が映し出されていた。目を疑うような恐ろしい光景だった。この時の報道は生涯忘れることはない。健康理由にしてよいのかわからないけど体力に自信のない私は、寄付金以外には何のアクションも起こせなかった。

歴史を学ぶということは、教訓も一緒に学ぶということ。後世に生きる人々に決して忘れ去られることのないようにしたいものだ。

四字熟語のコーナー

【一壺千金】いっこせんきん … ふだんは価値がないものでも、時と場合によっては、それがはかり知れないほど役に立つこと。「壺」はひょうたん、ふくべの意。ひょうたん一つが、水に溺れそうになったとき浮き袋代わりになり、千金の価値を発揮するということ。

漢検四字熟語辞典【第一版】より

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